人手不足が進み、水稲栽培作業の省力化は喫緊の課題。 水稲直播栽培のトレンドと今後の方向性を探る。
わが国の基幹的農業従事者全体のうち約70%を65歳以上が占め、49歳以下の若年層は約10%という状況(注1)の中、ますます重要性が高まる農作業の省力化。水稲栽培では、その解決策の一つとして、育苗や田植えにかかる資材や労力を省くことができる水稲直播栽培が注目されています。
今回、水稲直播栽培の歴史やトレンド、技術体系、取り組む際のポイントなどについて公益財団法人 日本植物調節剤研究協会 専務理事の濱村謙史朗さんにお話を伺いました。
(注1) 2020年農林水産省調査
目次
減少の一途をたどっていた直播水稲が近年、増加傾向に
育苗・田植え作業の省力化、作期分散による効率化が可能な直播水稲。一方で「苗立ちの不安定さ」などのイメージも
東海、中四国、九州は乾田直播。東北、北陸では湛水直播が主流に
条件に合わせて選択できる、湛水直播の種もみコーティング資材
湛水直播の水稲用除草剤は、「稲への安全性」が最大のポイント
製品ラベルの使用時期に書かれた「処理早限」と「処理晩限」を守る
除草剤抵抗性雑草に注意を。適切な水稲用除草剤を適期に使用して、しっかりと雑草防除を
減少の一途をたどっていた直播水稲が近年、増加傾向に
明治時代に北海道ではじまった水稲直播栽培(以下、直播水稲)は、昭和49年に高度経済成長による農村部から都市部への人口流出や人手不足などが背景となり、ニーズが高まったことで普及面積約55,300haとピークを迎えました。
その後、田植え機の全国的な普及によってその普及面積は約20,000ha以下へ縮小し、減少の一途をたどりましたが、近年では増加傾向が続いています。
育苗・田植え作業の省力化、作期分散による効率化が可能な直播水稲。一方で「苗立ちの不安定さ」などのイメージも
直播水稲には、乾田直播と湛水直播の2つの栽培方法があり、どちらも育苗や田植えなど春作業の省力化、移植水稲と組み合わせた作期分散による経営面積拡大といったメリットがあります。
しかしながら、従来の直播水稲は「苗立ちの不安定さ」「雑草や水管理の難しさ」といったマイナスのイメージが先行し、導入を躊躇する生産者の方々も多いのではないでしょうか。
東海、中四国、九州は乾田直播。東北、北陸では湛水直播が主流に
ではここで、乾田直播と湛水直播のメリットを比較してみましょう。乾田直播は「代かきが不要」という大きなメリットがある反面、「降雨時は播種できない」「播種後から入水までの乾田期に発生する雑草防除が欠かせない」「苗立ち・入水後に減水深が大きくなりがちで、水稲除草剤の効果が安定せず雑草管理が難しくなる」などの課題があります。また、播種には播種機が必要になりますが、麦やだいずの播種機がそのまま利用できることから、麦・だいずを作付されている生産者の方には比較的取り組みやすい栽培方法とも言えるでしょう。
東海、中四国、九州地域では乾田直播の面積が多く、特に愛知県や岡山県では積極的な導入が見られます。以前は、わが国の直播水稲全体の面積のうち湛水直播が大半を占めていましたが、近年では、コメの輸出に向けた国の推進を背景に乾田直播の面積が増える傾向にあります。
もう一つの栽培方法である湛水直播は、代かき作業が必要ですが、その代かきによって雑草の発生がリセットされ、湛水による保温効果もあることから、北海道や東北などの寒冷地にも適しているといったメリットがあります。
宮城、山形、福島といった東北地域や福井、富山など北陸地域での普及率が高く、とりわけ福井県ではコシヒカリの湛水直播をめざして普及が進みました。
条件に合わせて選択できる、湛水直播の種もみコーティング資材
地域性や条件によっても異なりますが、直播水稲未経験者が取り組みやすいのは湛水直播ではないでしょうか。現在は、種もみコーティングも主に4種類の資材が揃っており、条件に合わせて選択できるようになりました。
下表に、主な種もみコーティング資材の特徴比較を挙げてみました。「酸素発生剤コーティング」は、土中播種のため比較的倒伏しにくい、酸素供給剤の効果により苗立ちが安定するなどの特徴があり、「鉄コーティング」はコーティング種子の保存性が高く、鳥害を回避でき、比較的経済性に優れています。また、「べんがらモリブデンコーティング」は還元田で苗立ち確保ができ、コーティング種子の保存性が高く、比較的経済性に優れているのが特徴です。
最近では酸素供給剤と殺菌剤・殺虫剤が含まれたコーティング種子「リゾケアXL」も登場し、種子の保存性の高さ、苗立ちの安定感、雑草管理のしやすさなどが現場に受け入れられ、徐々に普及が進んでいるようです。鳥害リスクが少ない土中播種も可能で、ピシウム菌による苗腐敗病を予防し苗立ちをサポートする殺菌剤や、初期害虫を予防する殺虫剤が含まれているので、ある意味“万能な種もみコーティング資材”と言えるでしょう。
湛水直播の水稲用除草剤は、「稲への安全性」が最大のポイント
湛水直播では、一般的に稲とノビエなどの雑草の出芽がほぼ同じタイミングになるので、稲が生育初期の段階から雑草と競合し、雑草害を受けやすくなります。こうした雑草管理の難しさが、湛水直播導入に対する最大のハードルになっているのではないでしょうか。そこで重要なカギを握るのが水稲用除草剤の選び方と使い方です。
まず、選び方ですが、湛水直播の雑草要防除期間は、計算上播種後65~90日にもなり、移植栽培の40~50日に比べ長いことから水稲用除草剤2~3剤を組み合わせた体系防除が基本です。播種後、湛水期の早い段階で前処理剤を、稲1葉期以降には後処理剤を散布し、雑草の取りこぼしがある場合には、後始末剤として茎葉処理タイプの後期剤も活用することになります。前処理剤や後処理剤には、適用のある初期剤や一発処理剤を適宜組み合わせて使用します。
いずれの水稲用除草剤も雑草への効果はもちろん、稲に対する高い安全性が問われます。まだ選択肢は少ないものの、ここ最近では、アピロファースト1キロ粒剤などのように播種同時処理ができる初期剤や初・中期一発処理剤が増えつつあります。
前処理剤に抑草期間が長い一発処理剤を選ぶと、後処理の除草剤選択に幅ができます。一方、後処理剤には、大きめの雑草にまで効果が期待できる、適用幅の広い一発処理剤や中期剤を選ぶのも効果的です。地域や雑草発生状況およびご自身の栽培スケジュール等に合わせ、前処理剤と後処理剤の組み合わせを考えるようにしましょう。また、近年は使い慣れた粒剤・フロアブル剤以外に、ジャンボ剤、豆つぶ剤、エアー剤といった拡散性に優れる省力製剤やドローン等の無人航空機散布が可能な製品など剤型・使用方法の面でも選択肢が広がり、経営形態やニーズに合わせた選択ができるようになりました。
製品ラベルの使用時期に書かれた「処理早限」と「処理晩限」を守る
また、水稲用除草剤は使い方も重要になります。特に鉄コーティングのような表面播種では、稲に薬害が生じやすくなるので、「使用時期」は厳守です。水稲用除草剤のラベルに「使用時期」という欄がありますが、ここに書かれた「処理早限」と「処理晩限」を守ることが大切です。「早限」は薬害に、「晩限(ノビエ葉齢)」は除草効果に影響します。
重要なのは、「処理早限の稲葉齢は平均」で数え、「処理晩限のノビエ葉齢は最大」で数えるということです(左図参照)。例えば処理早限が「稲1葉期」だとすると、その地域で目標とする苗立ち数が確保できた時点以降の平均葉齢が、1葉となった時期を指します。また、晩限の場合は、最大のノビエの葉齢が指標となります。例えば処理晩限が「ノビエ3葉期」だとすると、その圃場の中で一番大きいノビエの葉齢が3葉期までに散布しないと除草効果が担保されません。
であれば、そのタイミングを水稲用除草剤の晩限とします。処理早限・晩限の数え方は慣れが必要なので、農業試験場や農業改良普及センターなどの農業機関に相談することをおすすめします。
また、国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の中の大きなテーマの一つに温室効果ガス排出削減があります。わが国でも温室効果ガス排出削減の認証制度「J-クレジット制度」が2013年からはじまりましたが、農業分野でも2023年より「中干し期間延長による水田のメタンガス排出削減」に補助金を支給する「J-クレジット制度」がはじまりました。この制度では、直近の中干し実施日数平均より7日間以上中干しを延長することが求められています。これまで慣行の中干し期間が7~10日間であった場合は、中干し期間の延長により無湛水状態が2週間以上続くことになります。その場合、水稲用除草剤の効果の低下が懸念されますので、今後の検証が必要になると考えています。
除草剤抵抗性雑草に注意を。適切な水稲用除草剤を適期に使用して、しっかりと雑草防除を
近年、直播水稲を栽培する地域を中心に、除草剤抵抗性ノビエの報告が増えています。中には、作用機構が異なる複数の除草剤に対して抵抗性を示すもの(多剤抵抗性)も確認されています。大規模面積の乾田直播では、「収量に影響がないなら大丈夫」との考えで枯れ残した雑草を放置してしまう現状もよく耳にします。そこに抵抗性雑草があると数年で圃場内にまん延し、トラクターなど農業機械を介して他の圃場へと拡がっていく可能性があります。そのため、雑草を放置したり同一薬剤を連用せず、適期散布を心がけ、作用性の異なる薬剤のローテーションや体系使用を徹底し、除草剤の効かない雑草を見つけたら直ちに身近な農業機関に相談するなど、しっかり雑草防除に努めることが重要です。
特にノビエは「埋土種子」が土壌で休眠しながら生き続け、10年、20年後でも発芽できることが知られています。ぜひ、適切な除草剤を活用して、しっかりとした雑草防除を心がけていただきたいと思います。
※掲載内容は取材当時のものです